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大阪大学大学院人間科学研究科 附属 未来共創センター
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「「知のあり方」を共に考える哲学対話」2025年度 年次報告

プロジェクト発足日:2025年8月9日
報告:KANG KIWON

活動概要

 本プロジェクトは、急速な技術発展のもとで、人々が自ら考え、主体的に判断するための条件を、一般市民との対話を通じて探ることを目的として実施されたものである。本プロジェクト発足以前から、多くのメンバーは主にAIを主題とした哲学対話の実践を重ねてきたが、その過程で、AIに限られないより広い「知のあり方」を話し合う必要性を次第に実感するようになった。こうした問題意識を踏まえ、本プロジェクトでは、学内外での哲学対話、外部実践者との交流、企業との意見交換、万博での発信などを展開した。 

 本プロジェクトを通じて特に明らかになったのは、技術に対する認識や期待、不安が、専門知識の有無だけでなく、それぞれの生活経験や立場によって大きく異なるということである。近隣住民、社会人、学生、企業関係者など、多様な参加者との対話を重ねる中で、技術の利便性そのものよりも、誰を信頼するのか、何を自分で決めたいのか、どこまでを他者や技術に委ねられるのかといった問いが、繰り返し立ち現れた。こうした経験は、専門家主導のトップダウン型の議論だけでは捉えきれない問題が、生活世界に根ざして存在していることを示している。

 その意味で、本プロジェクトの成果は、単に哲学対話の回数を重ねたことにあるのではなく、専門知と市民のあいだにある隔たりを可視化し、「知のあり方」を社会の側から問い直すための実践的基盤を得た点にある。加えて、対話を通じて得られた知見を万博での展示・発表や外部との交流・発信へと接続したことで、本プロジェクトは学内に閉じた試みにとどまらず、より広い社会に向けて問題意識を開く契機ともなった。今後は、こうした実践を通じて、技術の時代にあっても誰もが主体として考え、判断し続けられる社会の条件を、さらに多面的に探っていくことが課題である。

1.背景

 近年、科学技術は目覚ましい発展を遂げており、先端技術は私たちの日常生活に深く浸透している。これにより社会は便利になった一方で、多くの人々が技術の仕組みや前提を十分に理解しないまま、提示された結果や判断を受動的に受け入れる傾向も強まっている。本プロジェクトは、この状況を単なるリテラシー不足の問題としてではなく、人々が自らの意思決定のあり方を外部に委ねつつある、より広い「知のあり方」の問題として捉えている。

 この問題は、特定の技術だけに限られない。誰もが技術の利便性を享受する一方で、それを使わないことによる不利益や疎外感、あるいは専門家中心で社会の方向性が決められていくことへの違和感など、複雑な社会的問題が同時に生じている。そのため、必要なのは個別技術への賛否を問うことだけではなく、人々がどのような条件のもとで考え、問い、判断しているのかを、市民の側から問い直すことである。こうした認識から、本プロジェクトでは「知のあり方」を一般市民と共に考えることを目的とし、哲学対話を用いたボトムアップ型の実践を展開した。

2.活動内容

 本プロジェクトでは、急速な技術発展のもとで「知のあり方」を一般市民と共に問い直すことを目的として、学内外における哲学対話、外部実践者との交流、企業との意見交換、そして対話の成果を社会に向けて発信する試みを進めた。とりわけ、専門家のあいだで完結しがちな議論を生活世界へと開き、立場の異なる参加者がそれぞれの経験に即して問いを持ち寄ることのできる場を構成することを重視した。以下では、実施した主な活動を示す。

  • 2025年8月12日 科学コミュニケーター佐久間紘樹氏との交流会
    担当:KANG、名取、岡崎、石田
    会場:オンライン
    参加者:2名(佐久間氏、花井智也先生)
     科学コミュニケーター佐久間氏を招き、科学コミュニケーションの実践や、専門知と一般市民をつなぐための対話のあり方について意見交換を行った。本プロジェクトが目指すボトムアップ型の実践を考えるうえで、外部の実践者から視座を得る機会となった。
  • 2025年9月26日 学内哲学カフェ
    担当:KANG、岡崎、岸、曹
    会場:大阪大学吹田キャンパス産学共創D棟4階セミナー室2
    参加者:学部生4名
     メンバーの岡崎がファシリテーターを担当し、哲学対話を実施した。知識の有無や専門性の違いを前提としながら、参加者がそれぞれの立場から問いを持ち寄り、対話を通じて考えを深める場となった。
  • 2025年10月3日 学内哲学カフェ
    担当:KANG、岸、曹
    会場:大阪大学吹田キャンパス人間科学部棟M533
    参加者:学部生6名
     メンバーの曹がファシリテーターを担当し、哲学対話を実施した。学内における継続的な実践を通じて、問いの提示方法や対話の進行のあり方を調整しながら、ファシリテーションの経験を蓄積した。
  • 2025年10月5日 2025大阪・関西万博 展示・発表
    担当:メンバー全員
    会場:2025大阪・関西万博フューチャーライフヴィレッジ
    参加者:ステージ発表約50名、展示閲覧数十名程度
     前年度から継続してきたAIを中心とした哲学対話の実践に加え、AIに限らず幅広く「知のあり方」を考えたいという理念のもと、2025大阪・関西万博におけるステージ発表に伴い、来場者約50名を対象に哲学対話を実施した(ファシリテーター:岡崎)。対話では、重要な判断を他者や技術に委ねきるのではなく、自ら考え、決めることの大切さについて意見を交わした。
  • 2025年12月12日 株式会社アズビルとの哲学対話・交流会
    担当:KANG、名取、曹、岡崎
    会場:大阪大学吹田キャンパス産学共創D棟4階セミナー室2
    参加者:アズビル株式会社社員6名
     万博での発信をきっかけに交流を開始した株式会社アズビルの社員の方々との哲学対話(ファシリテーター:KANG)および交流会を学内で実施した。AI技術が急速に発展する現在において、人間が立ち止まって考えることの重要性について対話を行った。
  • 2025年12月21日 シンポジウム「分断化する社会の中で対話は可能か――ポスト・ソーシャルメディア時代の社会構築」
    担当:KANG、岡崎、石田
    会場:立教大学池袋キャンパス
    参加者:メンバー3名参加
     上記シンポジウムにメンバー3名が参加し、哲学対話の実践に加わった。分断化する社会において対話はいかに可能かという、より広い社会的課題に触れることで、本プロジェクトの問いをAIに限られない文脈へと位置づけ直す機会となった。
  • 2026年2月20日 「みんなの哲学カフェ」
    担当:名取、岡崎、石田
    会場:ORION COFFEE the Park Café(池田市民文化会館)
    参加者:近隣住民9名
     会は二つのグループに分かれて進行し、岡崎・石田が担当したグループでは、教員、保護者、経営者といった立場から、教育におけるAIのあり方について対話を行った。
  • 2026年3月28日 哲学バー(開催予定)
    担当:KANG、曹、岡崎、石田
    会場:BAR DAY IN THE LIFE(大阪府吹田市)
    参加者:近隣住民10名予定
     地域の民間空間において、日常的な会話の延長線上で対話を試みることで、専門知識の有無を問わず参加しやすい場をさらに広げることを目指している(ファシリテーター:曹)。

 このように、学内での実践に加え、万博での発信、企業との交流、外部シンポジウムへの参加、地域カフェやバーでの対話など、多様な場で活動を展開した。そこでは、技術の利便性そのものだけでなく、誰を信頼するのか、何を自分で決めたいのか、どのような場であれば人は安心して考えを言葉にできるのかといった問いが繰り返し現れていた。こうした実践は、「知のあり方」を社会の側から問い直すという本プロジェクトの目的を、具体的な場の形成を通じて試みたものである。

3.活動成果

 本プロジェクトを通じて明らかになったのは、技術に対する認識や期待、不安が、専門知識の有無だけでなく、それぞれの生活経験や社会的立場によって大きく異なるということである。学内での哲学対話に加え、万博での発信、企業との交流、外部シンポジウムへの参加、地域カフェでの実践を通じて、学生、近隣住民、企業関係者、外部実践者など、多様な参加者との接点を持つことができた。その中で繰り返し現れたのは、技術の利便性そのものよりも、誰を信頼するのか、何を自分で決めたいのか、どこまでを他者や技術に委ねられるのかといった問いであった。こうした経験は、専門家主導の議論だけでは捉えきれない問題が、生活世界に根ざして存在していることを示している。

 また、本プロジェクトの成果は、こうした隔たりを単に認識することにとどまらず、「知のあり方」を一般市民と共に問い直す実践を、具体的な場の形成を通じて試みることができた点にある。哲学対話はあくまで一つの方法ではあるが、学内での継続的な実践、万博での対話、企業との交流、地域に開かれたカフェでの実施を通じて、参加者がそれぞれの立場から問いを持ち寄り、考えを深めるための契機となった。さらに、万博での発信やその後の外部との交流を通じて、本プロジェクトは学内に閉じた試みにとどまらず、より広い社会へと問題意識を開く契機ともなった。この点に、本プロジェクトの実践的成果があったといえる。

4.今後の課題と展望

 本プロジェクトを通じて、急速な技術発展の中で人々が主体的に考え、判断するためには、専門家が一方向的に知識を与えるだけでは不十分であり、市民の側から問いを形成しうる場が必要であることが改めて確認された。他方で、こうした場のあり方については、なお多くの課題が残されている。哲学対話は有力な方法の一つではあるが、あくまで一つの手法にとどまり、議題や参加者、開催環境に応じて、さらに適切な対話の形式がありうる。また、ファシリテーションのあり方や場の設計が対話の成否に大きく関わる以上、今後も実践を重ねながら検討を深める必要がある。

 それでも、本プロジェクトを通じて得られた最も大きな示唆は、技術の時代においても、人々が受動的に判断を受け入れるのではなく、自ら問い、考え、判断し続けることの重要性である。AIといった科学技術を一つの入口としながらも、本プロジェクトはより広く「知のあり方」そのものを問う活動へと展開しつつある。今後は、学内外の実践をさらに積み重ね、専門知と生活世界のあいだにある隔たりを丁寧に捉えながら、誰もが主体として考え続けられる社会の条件を、より多面的に探っていきたい。

シンポジウム『“寂しさをなくすこと――中山間地域の活性化を「さみしさ」から捉え直す 』

日時|2026年2月27日(金) 13:00〜17:00
場所| 大阪大学人間科学研究科棟51講義室
文責|米田沙由葵(比較文明学)

【シンポジウムの詳細】
1人目の講演者である作野広和氏(島根大学・人文地理学)は、人口減少と地域政策の歴史的経緯を踏まえながら、成長志向型の地域政策の限界を指摘した。
1970年代にはすでに少子化が予測されており、1972年の『成長の限界』でも持続可能性の問題は提起されていた。しかし、その後も日本社会は拡大や維持を前提とする政策を続けてきた。1990年代以降は「地域活性化」という語が広く用いられ、2010年以降の増田レポートや地方創生政策においても、人口維持や減少幅の縮小といった量的対策が中心であった。
これに対し、量的対策ではなく、人口減少を前提とする質的転換が必要であるとして、「縮充」や「むらおさめ」といった概念が紹介された。地域を無理に活性化するのではなく、豊かに縮小していくという発想である。
とりわけ「むらおさめ」は、村を「たたむ」のではなく主体的に「おさめる」営みであり、医療分野で用いられるACP(アドバンス・ケア・プランニング)の考え方を応用する可能性が示された。ここではQOLとは異なるDOL(dignity of life)という視点が示され、集落住民は不安を抱えながらも必ずしも不幸ではないという認識が共有された。「地域活性化しなければならない」という呪縛からいかに自由になるかが、今後の大きな課題となる。

2人目の講演者である権藤恭之氏(大阪大学・老年学)は、兵庫県朝来市を事例に、人口減少社会における地域実践の可能性を紹介した。ここで、高齢化が始まったのも少子化と同時期の1970年代であったがデータが隠されてきたことを示した。
朝来市は「住みたい田舎ベストランキング」総合1位と評価され、社会的資源が豊富で世代間交流も比較的高い地域である。空き家バンクの活用、神社の氏子制度、地域イベント、健幸づくり推進課の取り組み、日本コミュニティ・シェッドの活動などが紹介された。
同時に、集落ごとのつながりの弱さという課題も指摘された。高齢者が畑仕事を続けられるのは、周囲との関係があってこそであり、孤立すれば営みは持続しにくいという現実も共有された。
印象的であったのは、「何をするかというと、特に何もしない」という姿勢である。賑わい創出や活性化を急ぐのではなく、静かな時間の中で関係が保たれることの価値が語られた。
また、風の人(Iターン)として地域に入る立場や、自給自足的基盤の構築など、外部性と内部性の交差も示された。

3人目の講演者である石原真衣氏(北海道大学・文化人類学)は、「寂しい」という言葉をポジティブに捉え直す可能性を提示した。
寂しさを単に解消すべきものとみなすのではなく、「寂しい」と発せられたこと自体をどのように受け止めるかが問われた。また、日本のダイバーシティ振興や人権教育の不十分さ、記号化によって奪われるものの問題が指摘された。
人権からの疎外、差別や痛みに時効はないという視点などが提示された。高齢者による障害者差別など、複雑な差別構造にも言及があった。
研究の暴力性も批判された。専門家は当事者を単色化し、意味を塗りつぶしてしまう危険がある。これに対し、オートエスノグラフィーは客観性を手放し、違和感に徹底的にこだわる方法として紹介された。研究者ができることは結論を与えることではなく、当事者の言葉が生まれるための土壌を耕し、回路をつくることであると整理された。

4人目の講演者である渥美公秀氏(大阪大学・災害ボランティア学)は、「恊働的実践」という方法論を提示した。
研究として成果がどうなるか分からなくとも、まず現場に入ることが重要であるとされた。協働的実践は短期間で終わる場合もあれば、数年に及ぶこともある。住民の方から「先生は何もしてくれない」と言われたことが一番嬉しかったという語りは、現場との関係性の深まりを象徴していた。
また、「参加」や「参画」という言葉を正面から掲げるのではなく、実践を通して自然に生まれる関わりの重要性が示された。そこでは「集合的主体」という概念も提示され、一人ひとりは頼りなくとも、集合することで主体性を持ちうるとされた。
この主体のあり方を踏まえたとき、「尊厳ある縮退」という考え方が提示された。それは単なる後退ではなく、豊かに縮小し、意義を保ちながら退いていくことである。外部者から一方的に方向づけられるのではなく、当事者自身が主体的に終わりを引き受けることの重要性が強調された。
さらに、集落の今後を考える具体的な視座として、医療分野で用いられているホスピスの応用可能性も示唆された。

パネルディスカッションでは、ファシリテーターである村上靖彦氏(大阪大学・現象学)から、主に①ACPとホスピス、②人権の問題、③ジェンダーの問題、という三つの観点から議論が展開された。
ディスカッションでは、農村地域においては集落が最小単位であり、当事者単位での意思決定という点ではACPの枠組みが参照可能であることが示された。一方で、老年期においては死を具体的に想定することへの抵抗が強く、ACPが進みにくい現実も指摘された。そのため、明確な決定を迫るACPよりも、終わりに向けた過程を支えるホスピスの思想の方が適合的ではないかとの意見が示された。
ジェンダーの問題では、寄り合いを男性が担い、女性が裏方を支えるといった分業構造が共有された。こうした役割分担は集落の運営を支えてきた一方で、その枠組みに収まらない主体を生み出している可能性も議論された。
フロアからは、「集落を主体的に閉じる」という発想が、かえって否定的な方向へ作用する可能性があるのではないかとの指摘があった。主体的な終わり方を肯定することが、閉鎖や切り捨ての論理へと転化する危険性について懸念が示された。
これに関連して、渥美氏は安楽死をめぐる議論を参照し、「悪い生」の反対は「良い死」ではなく、「良い生」であることに触れた。そのうえで、抽象的に終わりを論じるのではなく、「この人(あるいはこの集落)にとって、いま何を行うべきか」という具体的な問いを立てる必要性を強調した。
また、作野氏は「むらおさめ」という表現にこだわりたいと述べた。全集落のうち5%占める限界集落の中の、さらに一部の集落に対する概念であり、この5%を10%へ拡大させることはないと強調された。
加えて、第二次世界大戦終結から80年が経過した現在においても、農村・都市を問わず昭和的価値観を引きずっている可能性があるとの意見が出された。特に、団塊世代の成功体験や栄光の記憶が、地域の意思決定や将来像に影響を与えているのではないかという問題提起がなされた。
【シンポジウムの考察】
本シンポジウムを通して明らかになったのは、「寂しさ」を単なる感情として捉えるのではなく、その言葉がどのような社会的文脈の中で発せられるのかを問い直す必要があるという点である。寂しさは個人の内面に閉じた問題ではなく、それを取り巻く社会構造と不可分である。
地域活性化の枠組みのもとでは、縮小は失敗や敗北として語られてきた。しかし、「縮充」「縮退」「むらおさめ」といった概念は、縮小を肯定的に引き受ける視座を示している。それは、減少を否定するのではなく、尊厳を保ちながら地域の時間を重ねていく可能性を提示するものである。
また、本シンポジウムには人間科学研究科の教職員・学生のみならず、他学部の学生や学外一般からの参加もあり、分野や立場を越えた議論の場が形成されたことも特筆すべき点である。参加者からは、学際的で内容の濃いシンポジウムであったとの感想が寄せられ、多角的な視点から議論を深めることの意義が確認された。
寂しさをなくすとは、寂しさという言葉そのものを消去することではない。むしろ、寂しさを語りうる回路をつくること、違和感に耳を澄まし続けること、そして住民が笑顔でいられることを支える社会的基盤を整えることである。
本シンポジウムは、社会問題を考える際に単一分野に閉じるのではなく、分野間の開かれた対話の必要性を改めて提起する契機となった。

2026年02月27日 吉成哲平撮影

インターンシップ体験記(6)哲学の実験オープンラボⅹ株式会社レイ・クリエーション

米田沙由葵
インターンシップ先:株式会社レイ・クリエーション様(https://www.raycreation.co.jp/
実施期間:3月2日〜3月6日

株式会社レイ・クリエーション様は、哲学の実験グループのロゴやホームページの制作、また「自閉症学超会議!」をメタバース空間で開催可能にするなど、医療・工学・エネルギー・教育といった幅広い分野においてデザインを行っている会社である。
初日には、原田社長から「なぜ当社を選んでくれたのか」と尋ねられた。私が古民家に興味があると話したところ、ご多忙の中、大阪府交野市私市にある古民家まで連れて行ってくださった。
その古民家は築約170年で、敷地は200坪以上あり、駅からも近く利便性の高い場所に位置していた。屋根裏にも上がらせていただき、歴史ある建物の構造や空間の使い方を実際に見ることができ、大変貴重な経験となった。
最終日の朝会議では、オンラインで東京支社の方々にも古民家の活用提案を発表させていただく機会をいただいた。実際の業務の場で提案を行う経験を通して、アイデアを形にして共有することの重要性を学ぶことができ、非常に有意義な時間となった。
今回のインターンシップを通じて印象的であったのは、意見を自由に述べることのできる環境が整っている点である。提案後も原田社長は、「せっかく提案してくれたので、うまくいくかは分からないがすぐに動いてみたい」とおっしゃってくださった。

最後に、今回インターンシップを受け入れてくださった株式会社レイ・クリエーションの原田社長、松井様をはじめとする社員の皆様、ならびに打ち合わせへの同席を許可してくださった取引先企業の皆様に、心より感謝申し上げます。

現代思想研究会 2026年2月 第二回 活動報告

活動日|活動日|2026年2月27日
文責|池田信虎(共生の人間学)

 今回の現代思想研究会では大阪大学の林宮玉氏によるご発表と大阪大学の池田信虎氏による文献検討企画「シリーズ:今日の現代思想」が開始されました。
 林氏はバタイユのエロティック文学分析についてご発表いただきました。
 今回から開始された新企画「シリーズ:今日の現代思想」では、今日における思想状況を理解し、そして批判的に乗り越えていくために最先端の論文・書籍について検討していく企画になります。今回は池田氏による久保明教『内在的多様性批判 ポストモダン人類学から存在論的転回へ』の検討が行われました。
 次回以降の研究会日程・内容については、決まり次第あらためてご案内いたします。

第30回ジジェク研究会

日時|2026年2月22日(土) 13:30〜15:30
場所|Zoom(オンライン)
参加人数|11名

 今回のジジェク研究会では、来年度の研究会の活動についての代表者・分担者ミーティングが行われ、活発に意見が交換された。国際共同研究の案も検討された。

※科学研究費基盤B(23H00573)「スラヴォイ・ジジェク思想基盤の解明:ヘーゲル、ラカン解釈を中心に」
 研究代表者・野尻英一
 文責|客本敦成(比較文明学)

『創発と物理』研究会


日時: 2026年2月16日月曜日
場所: 大阪大学人間科学東館E106

 2月16日月曜日大阪大学にて、森田紘平氏による『創発と物理』(森田紘平, 2024)の内容と最近の研究にかんする講演と、参加者全員によるそれらにかんする討議を行った。前半の講演においては、森田紘平氏による自身の著書の整理に加え、生物学におけるメカニズムモデルと数学的モデルの検討や、普遍性と複雑性の概念整理を行った。後半の討論においては、高校生から大学院生、物理学専攻から哲学専攻まで、非常に多様な背景を持つ方々が参加し、学際的な対話の場となった。
 本研究会を通して、次のようなことが達成された。第一に、認識論を存在論に先行させるというアイデアとフランス科学認識論やカント的な認識論との整合性を吟味することができた。第二に、科学哲学におけるマルチスケールモデリング論を実際の物性物理学で行われているマルチスケールモデリングを事例に検討することができた。第三に、『創発と物理』において提示されている創発の定義が、規範的なものではなく記述的なものであることが明らかになった。

文責: 上岡壮真