第34回ジジェク研究会では、スラヴォイ・ジジェクのラカン解釈をめぐって、二件の研究発表を行った。 片岡一竹氏の発表は、スラヴォイ・ジジェクの主著『イデオロギーの崇高な対象』におけるラカンの「欲望のグラフ」読解を、ラカン自身のセミネール(第5、6巻)や論文「主体の転覆」に遡って検証するものであった。本発表において片岡氏は、ジジェクがグラフの上段を解釈する際、享楽の問題を前面化させている独自性を評価しつつも、ジジェクが「Che vuoi ?(汝何を望むか)」という問いの帰趨から目を離し、その答えを幻想による穴埋めに限定している点を批判的に検討した。片岡氏は、真の分析のゴールは主体を単なる欠如(S(Ⱥ))に直面させることではなく、その欠如をシニフィアンとして機能させるために、想像的対象 a との関係(幻想)の中に自らを欲望の主体として再発見することにあると論じた。質疑応答では、グラフ下段とシェーマLの対応関係、欲動における「無頭の主体」の政治的・倫理的可能性、幻想の横断と身体・享楽の次元との繋がりなど、多くの論点が提示された。 原和之氏の発表は、ジジェクが1950年代の概念装置であるグラフの($◇D)に、1970年代の「サントーム」概念を遡及的に接続した「危険な」読解を支持的に検討するものであった。本発表において原氏は、欲望の弁証法が袋小路に入り、主体の消滅(死の欲動)に直面する際、サントームがいかにして構造の全面的な崩壊を食い止め、対象 a の再構成を可能にするかを論じた。特にセミネール『不安』に依拠しながら、想像的な媒介を失った「大他者の開口部」を埋めるプロセスを、視覚的な「眼差し」から聴覚的な「声(ショファール)」、そして「父の名」の機能へと繋げて分析した。質疑応答では、ボロメオの輪における崩壊のポイント、ジャック=アラン・ミレールによるS1と a のペア概念との関係、グローバル化する現代における「父の諸名」の複数性とレーニン主義的政治性との距離など、多くの論点が提示された。 ※科学研究費基盤B(23H00573)「スラヴォイ・ジジェク思想基盤の解明:ヘーゲル、ラカン解釈を中心に」 研究代表者・野尻英一