現代思想研究会 2025年5月-2025年11月 活動報告
活動日|2025年5月30日、6月30日、7月21日、8月24日、9月29日
文責|客本敦成(比較文明学)
2025年5月から11月にかけて、下記の活動をおこなった。なお、活動内容はすべて研究発表である。また、10月および11月も活動予定であったが、発表者および主催者の都合により中止となった。
5月30日には、片倉悠輔氏による発表をおこなった。ヘーゲル『精神現象学』の後半を主な分析対象とし、『精神現象学』の叙述のうちに資本主義社会の生成の論理を読み取ろうと試みるものであった。質疑応答では、マルクスおよびフーコーの歴史叙述とヘーゲルの叙述の違いが議論され、ヘーゲルにおいて構想力の役割が大きいことが指摘された。
6月30日には、林宮玉氏および板野史紀氏による発表をおこなった。林氏の発表は、20世紀フランス思想におけるサド論の系譜を検討するものであった。特にモーリス・ブランショによる死の欲動概念の導入が重要な役割をもつことが指摘された。質疑応答では、精神分析における欲動概念と、文学批評における欲動概念の異同が議論された。
板野氏の発表は、アンリ・ベルクソンにおける「良識」概念の理論的ポテンシャルを引きだそうとするものであった。板野氏はベルクソンのドン・キホーテへの言及に注目し、一見するとドン・キホーテには「良識」が欠けているように思われるものの、ベルクソンの記述は必ずしもドン・キホーテのうちにある「良識」を認めないとは限らない、という解釈を示すことを試みた。質疑応答では、ベルクソンの理論的意義と限界をどのように考えるかという観点から議論がなされ、板野氏の解釈の意義が改めて確認された。
7月21日は、毎床玲音氏による発表をおこなった。ただし、内容は公開に適さないものが多く、詳細の報告は省略する。文学研究の立場から、他者との共生の可能性を模索する、理論的な試みであった。
8月24日には、雪丸温翔氏と葛西李成氏による発表をおこなった。雪丸氏の発表は、アシル・ムベンベにおける「鏡」の形象を扱うものであった。ムベンベは「鏡」という形象を、精神分析家ジャック・ラカンの鏡像段階論から引き出しつつも、独自の意味を与え、植民地主義の批判的分析における理論的装置とした。質疑応答では、スラヴォイ・ジジェクなどラカン派の理論家とムベンベの距離の近さが指摘された。
葛西氏の発表は、イマニュエル・カントにおけるブルーメンバッハ受容を検討するものであった。カントは『判断力批判』において非有機的なものと有機的なものをはっきり区別しているように思われるが、同時に両者を包括するような自然哲学をも議論していた。こうした立論にあって、ブルーメンバッハの「形成衝動」概念が重要な役割を果たしている、というのが葛西氏の主張であった。質疑応答では、カントの体系全体と葛西氏の解釈の関係が議論された。
9月29日には、客本による発表をおこなった。ジャン・イポリットによるヘーゲル解釈を軸とし、ヘーゲルとラカンの比較をおこなうものであった。ラカンはヘーゲルとかなり近い思想家であると言えるが、「欲動」概念はむしろヘーゲルから離れる側面を有している、という主張がなされた。質疑応答では、イポリットのヘーゲル解釈を参照することの妥当性について議論され、ジジェクのヘーゲル解釈を参照するべきではないか、という指摘もなされた。
